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祖父の決断

 中学2年のおいが,私の父のことについて書いた作文を目にする機会がありました。子どもの感性もなかなかのものだと感心しました。以下にその作文を紹介します。
『祖父の決断』
 「僕の大好きな歌手u2のボノは、日本でのコンサートの時、世界人権宣言を日本語でスクリーンに映していた。僕は第一条「すべての人間は生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」という文を最近深く考えるようになった出来事があった。それは、僕は毎年お正月と夏休みに母の実家に帰省する。いつも空港に祖父と祖母が車で迎えにきてくれる。手荷物受け取りカウンターで荷物を待ったいる間、僕が祖父と目が合うと「おっ」と手を上げる。僕は照れて頭をちょっと下げる。荷物をとって出ていくと祖母が必ず「おおきくなったね」と笑顔で迎えてくれる。このいつもの空港での出迎えが「あー、帰ってきたんだなあー」と実感する。ところが今年空港に祖父母がいなかった。そのかわりおばさんが迎えてくれた。母に聞いたら「もうじっちゃんは車は運転しないのよ」と言った。「えっ、あんなに車が大好きで運転が自慢なじっちゃんなのに」僕は信じられなかった。何があったのだろうと思った。祖父の家に着くと「帰ってきたか,大きくなったな。迎えに行けなくてごめんね、後で行きたいところにドライブに連れて行ってやるぞ」と、祖父が言うやいなや、祖母から「何言ってるの、運転はもうできないんだから」と強く言われてた。祖父が「車は俺の生き甲斐だ。取り上げてもまた自分で買って運転する」と笑いながら言っていたが、急に祖父が可哀想に思えた。「いいんじゃない、じっちゃんの生き甲斐なんだから。運転させたって」とりあげるなんてひどいとその時は思った。その日の夕食の時テレビで、78歳の運転する車が歩道に突っ込み怪我人が出たという高齢者運転の危険性についてのニュースを見た。もし、祖父が事故を起こし人の命を奪うことがあったら嫌だし、逆に祖父の命が奪われる危険性もあるということだ。大好きな車の運転を他人から強制的に奪われた祖父の身になると、どうにもやりきれない気持ちになった。でも、今祖父は運転をしていない。冗談では僕にすぐにでも運転できると言っているけれど、実際には運転を止めている。みんなが祖父のことを心配してるのは祖父自身が充分にわかっていることだ。車のない生活が不自由なことも。だが、祖父は決断したんだと思う。自分で決断したからこそ,車のない新しい生活の一歩をみんなに支えられ踏み出したのだなぁと思った。運転をする権利、生き甲斐を主張する権利はあるけれども、人は一人では生きていけない。人は支えられて生きているものだと思う。祖父が周りのみんなの気持ちをくみとって不便な生活を決断したということは、とてもすばらしいことのように思う。それは、人としての尊厳を保っているということにつながっているように思えた。次の日朝起きると,祖父は大好きな車をピカピカに磨いていた。何時間もかけて。とても楽しそうに。決して自分が運転することのない車を・・・。」
 決断を迫った側も心苦しいものがありましたが、これをきっかけに私も父の家での両親との同居という決断をしたのでした。
 
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