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郷土の偉人

 准看護学校の講義で、ビタミンの項目になった時、ビタミンB1欠乏症で脚気とあったので、脚気と関係ある宮崎が生んだ偉人は?と尋ねたところ、ほとんどの学生が高木兼寬の事を知りませんでした。医療に関わる学生には知っておいて欲しいと思ったのですが・・・。高木兼寬の生まれた高岡町の道の駅は彼にちなんで「ビタミン館」と名付けられています。脚気の病因をめぐって、海軍軍医の高木(イギリス医学系)と陸軍軍医であった森鴎外(ドイツ医学系)との争いがあったこと、高木が慈恵医大の創設に関わったことや英国留学で看護師の重要性に気づき、日本で看護学校の創設に関わったことなど今の若い宮崎県人にはあまり知られていないかな。貧しい家に生まれ、苦学して医師になっていく過程、日本より海外での評価が高かったことなど、吉村昭著『白い航跡 上・下』(講談社文庫)に詳しく書かれています。時代の息吹が感じられる小説です。
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